英字紙ウォッチング

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中国のトリレンマ

 中国のトリレンマ、と題するバーナンキ前議長のブログ記事である。
 最近、中国人民銀行の周小川総裁ら中国幹部は、市場や海外の政策担当者向けに、人民元の大幅な切り下げは計画していないという声明を発表した。切り下げなしの戦略は中国にとって良いことなのだろうか。もしそうなら、為替政策をより信頼のおけるものにするため、何が中国に必要なのだろうか。
 昨年8月に中国人民銀行がドルに対して人民元を1・9パーセント切り下げて以降、世界のマーケットが注目しているのは中国の為替政策である。多くの市場関係者は、この切り下げは以前考えられていたよりも早いスピードで中国経済が減速しつつあるシグナルだと受け止めている。そして、中国政府当局はより為替を切り下げることが中国の輸出を押し上げることにつながると考えていると受け止めている。
 それ以降、人民元は米ドルに対して3・6パーセント下落した。しかしその後、マーケットは、人民銀行のいう切り下げをシステマチックに追及していないという説明を受け入れたかに見える。最近会合が行われたG20でも同様だ。しかし、これから私が論じるように、中期的に中国が為替切り下げを避けることができるかどうかは、他の政策の選択肢を含め、いくつかの要素次第である。
 中国は国際経済学における、古典的な政策のトリレンマに直面している。それはすなわち、一国は次の3つの条件のうち2つ以上を同時に達成できないというものだ。固定為替相場と、独立した金融政策、そして自由な資本移動だ。これにより、中国が為替相場を管理できるかどうかは、他の要素をどこまで追及するかの意思にかかっている。
 まず、中国が現在直面している4つの前提条件について考えてみよう。
 まず第一に、中国は困難だが必要不可欠である成長モデルの移行に直面している。重工業や建設、そして輸出主導の経済から内需主導のサービスや消費主導の経済へ、である。この移行には経済の減速を伴う。
 第二に、しかし、中国の成長は首脳陣が考えているよりも大きく減速している事実がある。しかし、これは中国首脳にとって憂慮すべき事態である。
 第三に、経済成長をこの困難な移行期間中にサポートするために、中国は金融緩和をさまざまな形で推し進めている。とくに銀行の預金準備率を引き下げることで貸し出しを促そうとしている。
 第四に同時に、中国は資本市場の改革と開放のプロセスを進めている。とくに、中国市民は海外への貯蓄を5万ドルを上限で認められている。
 この4つのうち、3番目と4番目がトリレンマに該当している。低成長の経済かつ金融政策が主要な経済政策手段である経済にとって、国内預金者は高いリターンを求めることができない。その結果、中国の家計や企業はより高いリターンを求めて海外に道を求めることになる。しかし、民間の資本が流出することは、人民元からの逃避を意味する。すなわち、中国の為替市場に下落圧力をかけていることになる。
 短期的に人民銀行はこの売り圧力を、保有するドル建て証券を売り、人民元を買うことでオフセットすることができる。その結果、過去1年半で中国の外貨準備は7000億ドル以上減少した。まだ3兆ドル以上の外貨準備が残っているので、当面耐えることができるだろう。しかし、これは永遠に続けることはできない。
 ある時点において通貨は激しく下落するだろう。さらに、人民元が将来大幅に減価するリスクが、外貨準備の減少を加速しうる。家計や企業がキャピタルロスを避けるために一層売りに出るからだ。ここにトリレンマが存在する。
 これらの利益相反を中国はどのように解決できるのだろうか。一つの解決法は、現在大幅に減価してしまうことだ。大きく減価し、これ以上の減価がないだろうという期待を持たせることができるのなら、中国の外貨準備高に対する圧力はなくなり、為替レートは新しい均衡で落ち着く。しかし、現在の世界経済の状況を見る限り、このアプローチは大きな反発を受けるだろう。他の国に対し、人民元の切り下げは大きなデフレ圧力をかけることになる。
 2つめの可能性は、資本移動の自由化プロセスをいったん停止し、逆転させることだ。中国国内の家計や企業にとってみれば、海外投資はより困難になることを意味する。このアプローチをラガルド専務理事は支持している。黒田総裁もそうだ。バーナンキ氏自身、この方向に進んだとしても驚くべきことではないと考えている。
 しかし、この手法も問題含みだ。中国がこれまで進めてきた金融システム改革が頓挫することになる。中国人民元が国際準備通貨となる目標を妨げることになる。さらに、資本規制の実効があがるのかどうか、不確定な点もある。
 3番目のオプションが、成長が戻るのを待つことだ。しかし、これは希望でしかなく、計画ではない。
 結論的に何をすべきか。それは財政政策だという。しかも、インフラに支出する古い財政支出モデルでなく、教育やヘルスケア、年金などの社会的なセーフティネットへの支出を拡大すべきだという。たとえば、年金システムを強化すれば、消費者の信任が高まり、消費者支出も増えるという。減税や給付も有効だ。
 http://www.brookings.edu/blogs/ben-bernanke/posts/2016/03/09-china-trilemma