英字紙ウォッチング

英語メディアの経済、政治記事を定点観測

ジャクソンホール

 昨夜は機会があったのに、更新を忘れる。数えてみると、通算78日目の記事。これから回数を数えてみよう。
 今朝の日経は来週、日銀が臨時政策決定会合を開くというニュースがトップ。追加金融緩和の圧力が高まっている。新型オペの量(20兆円→30兆円)や期間(3ヶ月→6ヶ月)を拡大する案を軸に検討されているようだが、どれほどの効果があるのだろうか。

 そんな折に公表された日銀のペーパーを非常に興味深く読んだ。
 http://www.boj.or.jp/type/ronbun/ron/wps/wp10j14.htm
 インフレ率がマネーの供給量で決まるのか、それとも潜在成長率が関係するのか。前者をマネービュー、後者を将来負担ビュー(もしくはexpected burden view、fiscal view)と呼び、その妥当性を検証している。中長期においてどちらか一方の見方ですべてを説明するのは無理がある、としているが、日本のみ中長期的な予想インフレ率と潜在成長率との間に正の相関があり、それを説明するには、将来負担ビューが妥当だという。
 まあ分かりきった結論といえばそうなのだが、目先の資金供給(マネーの拡大)にまったく効果がないわけではないのだろうが、中長期的には、潜在成長率を高める政策を行う必要がある、という政策的なインプリケーションが導き出される。問題は潜在成長率を高めるために、何が有効で、実際に手を打っているか、だ。

 ジャクソンホールで開かれているカンザスシティ連銀のシンポジウムにおける、注目のバーナンキ講演はこちら。
 http://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/bernanke20100827a.pdf
 と、それに関するFTの記事。
 http://www.ft.com/cms/s/0/3e8f868e-b1e4-11df-ad4d-00144feabdc0.html
 バーナンキ議長は、弱りつつある米国経済を押し上げる用意がFedにはある、と述べた。具体的には国債やその他長期資産の買い取り増額を指している。
 金曜日には、悪いニュースも相次いだ。2QのGDP成長率は年率2.4%から1.6%に改定された。
 問題はいくつかの政策手段を使うことによるコストがベネフィットを上回るかどうかだという。経済の見通しがかなり下ぶれると、こうした政策手段を発動するとしたが、そのトリガーとなる基準は明確でない。
 バーナンキ議長の発言後、買い取り増額や量的緩和期待から国債金利は上昇した。
 中期的な物価目標を引き上げることについて、Fed内での合意はないという。そうした手段は、長引くデフレによって、中央銀行が物価を安定させられないのではないかという期待が出てくるような状況においてのみ意味を持つ、と述べた。

 Gavym Daviesによる関連記事。穏当だが、非常に冷静な論理を展開しており、好ましいと思っているコラムの一つ。
 http://blogs.ft.com/gavyndavies/2010/08/27/bernanke-speech-is-neutral-perhaps-with-some-dovish-tinges/
 タイトルは、バーナンキのスピーチはややハト派がかったニュートラル、とでも訳すのだろうか。
 8月に公表されたFOMC声明から、それほど逸脱していたわけではない。さらなる金融緩和に踏み込むには、米国経済の減速に関する材料がもっと必要だろうし、FOMC内での議論が必要だろう。バーナンキの経済に関する現状認識や将来見通しは、エコノミストのコンセンサスよりやや強気。2011年に経済は回復し、失業率は2011年に下がり始めるとみる。そpのことから、2011年の成長率は2.5%程度、2010年下期は1.5%から2%程度とみているようだ。
 Fedが二番底を予想しているかは分からなかったが、デフレに陥るリスクは非常に低いとはっきり述べた。しかし、インフレ率は、Fedが最適と考える率をやや下回っているという。過度なインフレやディスインフレを避けるために、政策手段を使うとコミットした。
 最後のコメントがハト派的。バーナンキは現状の1%のコアインフレ率の下落を避けようと思っている。それゆえ、完全なデフレに陥る前に、アクションをとるだろう。
 量的緩和もしくは非伝統的な金融政策手段については、政策金利はほぼゼロだが、もし必要なら経済を効果的にサポートするために採りうる複数の手段があると述べた。もし「especially if the outlook were to deteriorate significantly」なら、Fedはこれらの手段を行使する用意があると述べた。
 Fedが採りうる手段のうち、インフレ目標の引き上げは排除した。超過準備の付利の引き下げ効果は、もうすでに金利が0.25%なので小さいと述べた。長期資産の買い取り、つまり量的緩和の拡大と、短期金利を長期にわたって低いまま持続するとコミットメントする、いわゆる時間軸政策の2つの手段については、行使の可能性がある。この2つのうち、バーナンキ量的緩和拡大の方がより効果的だとみているようだ。
 ただ、このスピーチは、ただちに量的緩和を始めるべきだ、という意見の持ち主には失望を与えた。ただ、量的緩和のリスクを考えたら、バーナンキのスタンスは妥当だろう。

 参考として、Daviesの関連コラムも。
 http://blogs.ft.com/gavyndavies/2010/08/26/an-assessment-of-the-case-against-more-quantitative-easing/
 量的緩和のリスクに触れている。米国経済に減速感が出てきている現在、Fedには政策金利を引き下げる余地がなく、Fedには非伝統的な政策手段しか残されていない。しかし、Fedは何もするべきでない、という議論が根強い。この「何もするべきでない」という議論を検証してみよう。
 1)まず、量的緩和は2008年と09年に試みられたが、効果はなかった、という説。Fedはバランスシートを1.5兆円拡大したが、そうしなかった時にどうなったかは検証できない。ただ、この量的緩和がなければ、銀行破たんやリセッションはより悪化していた可能性がある。その意味でこの政策は機能した、と言えるだろうが、その効果が永続的かというとそうではない。
 2)量的緩和はインフレの危険がある。長期的には、この懸念は妥当だろう。信用乗数と、マネー供給量と物価の関係が一定であるなら、だが。しかし、これらの関係は短期的には一定ではない。
 3)いざというときに、量的緩和は縮小できず、それゆえインフレは徐々に進行してしまう。テクニカルには、問題にならない論点である。なぜなら、Fedはいつでも保有資産を売却できるからだ。ただ、現実世界においては、Fedによる資産売却は国債金利の上昇を招き、財政赤字が拡大している現状で、これは政治的には許されないだろう。Fedの独立性に関する問題にもなり、この論点は確かに憂慮すべきである。
 4)短期的には量的緩和はインフレを引き起こさないまでも、インフレ期待を高めることによって債券の金利を上昇させてしまう。いまのところ、むしろ逆のことが起きている。ただ、注意深く警戒しておくべきリスクではある。量的緩和と将来のインフレの関係が強く意識されると、景気後退のタイミングでインフレになってしまうリスクがある。Fedはインフレ期待の上昇を非常に気にしている。
 5)Fedによる国債買い取りによって、政府がより財政赤字を志向する誘因を高めてしまうのではないか。可能性としてはあるが、低い。Fedは何十年も、財政赤字は小さい方が良い、という議論を積み重ねているからだ。
 6)量的緩和はFedのバランスシートを痛め、Fedへの信認を低下させる。これは1990年代の日本でよく議論された論点だ。国債なら問題はないが、民間セクターの資産を買うなら、多くの人は問題だとみなすだろう。しかし、Fedは保有資産の時価評価に苦しむ民間銀行と同列に扱うべきではない。もしFedが債務超過だと問題だろうか。もし、そのことがFedへの信認を失わせ、ドル保有動機を失わせるようであれば問題であるが、Fedが量的緩和を拡大するには、インフレ制約がある。
 
 ジャクソンホールのもう1人の主役、トリシェ氏。債務削減の遅れを警告したという。
 http://www.ft.com/cms/s/0/ecb93ca4-b208-11df-b2d9-00144feabdc0.html?ftcamp=rss
 官民問わず債務削減が遅れると、日本型の失われた10年になる、と警告している。不名誉なことに、ここでも日本が悪い例として言及されている。また、財政刺激策より財政再建が重要だとして、米国を暗に批判した。財政拡大が成長をサポートするという考え方があるが、それは危険である、と述べた。
 日本の論調とは全然違うことに感銘を受ける。